同じ曲を毎日聴き続けるということ

 

「音楽性」について、twitterのDMを用いてある方とやりとりしていました。

直接的な引用は控えますが、私の方で再度総括するとすれば、

「オーディオマニアでも『音楽を聴いていない』人はたくさんいる」ということでしょうか。

 

出発点が「機械そのものに対する興味」から始まっている場合、この傾向は強く現れます。

趣味性と「モノ」を所有する満足感というのは、やはり切っても切れない関係にあります。

理系脳な方は、天板を外してアンプの中身を実際に見てみたいという欲求に駆られるらしいですが、私にはそういったものは皆無です。

 

また、音楽に対する興味はあっても、そこからオーディオ機器に対する興味に繋がらない人もたくさんいます。

というか、たいていの人はそうでありましょう。

それでも不思議なことに、そうした方がふとしたきっかけにオーディオに興味を持ち、機器を購入するとなったときに、予備知識は機械に対する興味を持っている方に比して浅いにもかかわらず、「音楽として鳴る」ものを選ぶことができるようなのです。

対して、機械マニアが選択する機器というのは、傾向としてはHi-Fiに偏り、個々の音を分離させ、それぞれの音に対して全て一定の距離感でフォーカスを合わせるといったもの。

 

どちらが良いか悪いかという話ではないのです。そういう対比、傾向があり、当人がその音に満足していれば、それでいいのです。

ただ、オーディオマニアな方というのはどうも機器をとっかえひっかえしているイメージが強く、本当に今現在の音に満足しているのか、いまいち掴み切れない。

 

音を変えることも楽しみのひとつですから好きにして頂ければよろしい、けれども何か軸を据えなければ、その終わりはありませんよ?と。

 

 

また枕が長くなりました。ようやく記事タイトルの中身に入ります。

私は基本的に、気に入った同じ曲を毎日聴く傾向があります。

Libraryに7000曲入っていますが、その中の300曲にリスニングタイムの40%近くを割り当てるのですから、かなり偏っています。

そして、つい先日、「ロリィタノイロォゼ」りみゆさんの楽曲が、合計10000回の再生を超えました。

「ここまで同じ曲を何度も聴いて、飽きないの?」

いいえ、全くそんなことはありません。

それどころか、つい最近また新たな発見がありましたよ。

それが何なのか、言語化できる領域に降りてきてないのですが。

 

話を冒頭の部分と繋げますと、自らの中に「音楽性の基準を染み込ませる」には、やはり同じ曲を毎日繰り返し聞き続ける、これしかないのではと思います。

一番簡単で、確実な方法です。ただし、「この1曲との出会い」が必要です。

今は「消費されて消えていく」楽曲ばかりがメジャーシーンで溢れている世の中ですが、世界は思いがけず広いものですから、よくアンテナを立てていれば、必ず見つかります。

自分のこと、周辺のことが上手く行ってないとき、そういうときこそ見つけるチャンスですよ。

 

オーディオ的感性を磨くにも、「同じ曲を毎日繰り返し聴く」というのは確実な手法です。

「それでは特定ジャンルにしか対応できない」という反論は成り立ちます。

私が言っているのはそうではなくて、「変化を知覚する」にはそれが一番確実であるということです。

既に100回聴いているから、その何回か後に機器を替えた、ケーブルを交換した、セッティング、置き方を変えたことに対してその違いを認識しやすくなる。

これが回数を増すごとに、そのアンテナが研ぎ澄まされていく。

趣味性とは「小さな変化の積み重ね」であり、それが10回の変化で普通の人が知覚できるものを、より少ない回数で掴み取ることができるようになります。

 

私の経験から言えば、「音」の変化だけなら結構簡単ですが、そこから「音楽の内面に入る」までの壁はかなり高いです。

私の場合、「脳内で情報を補完する」聴き方ができないので。

特に弾き語り系の生録って、場の気配とか指先のタッチが見えるようになるまでに相当な情報量が必要なんですよ・・・

これを超えることができると、そこからの微細な変化の一瞬一瞬が本当に楽しくて仕方なくなります。

 

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